Radiohead「The Bends」

The Bends

The Bends

減圧症
最近のトム・ヨークのインタビューを見ると、彼はレディオヘッドというバンドのことを「モンスター」と呼んでいる。自分達が生み出したバンドが、今や自分達を従わせているという表現だ。自分達の創造したものがもはや自分達から切り離され、独立した生命として存在する。それはまさに彼らが普遍性−すなわちあらゆる創造者達が目指す到達点−を獲得してしまったという証明に他ならない。

そんな話はさておき、今日無性にこのアルバムが聴きたくなって、聴いている。ブリットポップ全盛期における便乗的したデビュー作に次ぐ2作目である。一般的には、彼らのベストアルバムとして語られる3rd「OKコンピューター」の方が評価は高いのだろうけど、僕は昔からこっちの方が好きだった。もちろんOKコンピューターも好きだ。でも、やっぱりベンズの方が好きだった。

ITunesの再生履歴を見ると、アルバムを通して聴くのはどうやら1年ぶりのようだ。1年間、様々な音楽を聴いてきたが、年に1度は必ず聴きたくなってしまうらしい。まず、このめまいがするようなジャケットが頭に浮かぶ。ジャケットは断然OKコンピューターよりこっちだ。あと、なぜか昔電柱に貼られていてトラウマになりそうになった腹腹時計という映画の宣伝ポスターもいっしょに思い出してしまう。次に思い浮かべるのは、トラック7、Justの天にも昇るギターリフだ。そして、タイトルの減圧症について考える。昔、少しの間だけスキューバダイビングのスクールに通っていたことがあって、そこで勉強したことがあった。高水圧の海中から急激に浮上することによって、血液中に溶け込んでいた窒素が気泡化し、血管を閉塞する。僕はその話を聞いたとき、初めてこのアルバムを好きになった。

高圧に苦しみ、脱出を試みたところで待ち受けているのは「減圧症」。逃げ場はない我々が生きる場所、それが現在。どうしようもない閉塞感と逼迫感で息が詰まりそうな現代において、僕達の血液に溶け込んでいる窒素とは何だろう。空気中の78%を占めるこの無味無臭で無害な物質。当たり前すぎで誰も気づかない物質が、僕達の逃亡を妨げる。それは一体何なんだろう。ちなみに窒素とは、麻酔の一種でもあるという。つまり僕達は、産まれてから死ぬまで、ずっと麻酔がかけられたままなのである。僕達が呼吸をやめるまで。

Justについて考える。急浮上していくダイバーのように駆け上がるギターリフが導くのは、トラック8、My Iron Lung。しかし鉄の肺があったって、窒素の気泡化なんてさけられない。ベンズを避けるためには、急激な気圧(水圧)の変化を避ければよい。つまり、ゆっくりと、ただゆっくりと水面に向かって浮上していくしかない。あせってはいけない。ただ、ゆっくりと、体の力を抜いて、静かに身を任せて。

僕はこの絶望的なアルバムを聴くと、ほんの少しだけ心が軽くなる。ゆっくりと、ゆっくりと浮上していけばいい。あせってはいけない。ただ、ゆっくりと、体の力を抜いて、静かに身を任せて。